魚山流詠讃歌舞

 融通念佛宗では、大正から昭和にかけて、宗祖良忍上人のご遺徳を讃え、またそのみ教えを広く世の中に示すため、「声明」の普及が打ち出されました。その運動の一環として、僧侶のみならず在家の方々が、より身近に良忍上人が復興された「声明」を感じ取っていただくことを目的として、各諸大徳の尽力により魚山流詠讃が制作され、それを運営する団体として、昭和六年(1931)、融通教会が設立されました。
 魚山流詠讃のその一曲一曲は、「十界一念」と示された良忍上人のみ心に直入するものであり、特に融通念佛宗第六世良鎮上人がお作りになったと伝わる和讃に、天台声明の大家である多紀道忍師が作曲された「融通和讃」や良忍上人の仏道修行を詠んだ「元祖聖應大師起行和讃」、融通念佛宗総本山大念佛寺最大の行事である「万部おねり」の様子を描いた「万部会和讃」は代表的な詠讃です。
 また、歌舞(舞踊)については、昭和二十五年(1950)、戦後の混乱した世の中に「心の光明を」との願いで、花柳流舞踊の師である武田花風家元によって詠讃に舞踊が振り付けされ、ここに魚山流詠讃歌舞が誕生いたします。
  現在、融通教会は、融通念佛宗宗務総長を会長とし各支部において会員の指導育成を行い、会自体の運営は、融通教会本部理事が執り行っています。
 大念佛寺の行事である万部おねりと十夜会では詠讃歌舞を奉納、毎年十月十五日には、融通念佛宗中興の祖法明上人のご遺徳を偲ぶ行事である「亀鉦まつり」を大念佛寺にて開催し、あわせて、日本舞踊の「入門」「名取」にあたる「准教師」「教師」の資格審議会も実施しています。